今まで、嘘をついてきた。何が嘘だったのかと問われると、全てだ。全て、私には嘘が付きまとう。妹子と遊んでいるときも、外交のときも、大衆の前に姿を現すときも。遡ってみれば、いっぺんに10人の話を聞き分けたなんて逸話だって、私が知らない間に誰かが広めた出鱈目に過ぎない。嘘だ。大衆に崇拝されている私も、朝廷でたまに現れる真面目に仕事をこなす私も、妹子の前で馬鹿みたいに遊びに明け暮れる私も、全部、全部、嘘なのだ。どれも本当の私ではないのだ。本当の私を知るものなど、きっといやしないのだ。父も、母も、伯父の馬子さんも、竹中さんも、……妹子も。誰も、きっと私の本当の事はしらない。今まで隠してきたのだから。
今の半分程度の身長のころから私は大人を「視て」いた。伯父のそつのない仕事ぶりには良くわからないなりに感嘆した。私の記憶の限り、数えて3人目の側近は私を出世のための道具にしか見ていないと気づき、彼の形作るにんまりと上がる口角と瞳に身震いした。父が天皇の座に就いたとき、周りの役人の私に対する接し方が、大きかれ小さかれ変わったということに気づいて、私に取り入って何かしらの出世を狙う蘇我派、私を表面上だけ可愛がっておいて、いつでもどちらにも転がれるようにとする物部派、そのどちらの役人にも呆れた。私の周りは役人ばかり。悪い奴らばかりではなかったのだけど、それでも上辺を上手に繕える奴らの方が私により多く近づいてきた。天皇の息子、けれど幼い私には何もわかるまいとして取り入ろうとする、小賢しい役人達は私の目には反面教師として映っていた。嫌だった。大きくなって、あんな大人になるのが。しかしそれらを全て分かった上で、私は子供らしく振舞っていた。その方が愛される。その方が得。そんな魂胆で私は役人達に接していた。小さいころから隠し事が得意だった。嘘吐きなのだ。その本質は、今でも変わらない。そしてそれを見抜く役人はおそらくいなかっただろう。だって、私は道具だと思われていたのだから。小さいころからたくさんの「役人」という「大人」に囲まれて育った私は、きっとどこかで捻くれてしまったのだろう。
しかし、最近ふと思うのだ。私はあの反面教師達になっているのではなかろうか、むしろ、小さいころから私はあいつらと同じだったのではないか、と。嘘をついて、上辺だけ皆と仲良くして、偽者の自分を見せて愛されて、そしてその経過があるから今がある。今の私は、昔からつき続けた嘘で塗り固められたものだ。幸いなことに国政の頂点にいるので誰かに媚を売ることはまずないが、それでもある程度の嘘をつくときがある。必要に応じて浮かべる笑顔もまた然り。
嘘の私が見せる笑顔は、幼い私の前に現れた側近のものと同じなのではないのか?
そう気づいた時、側近の瞳の濁り具合に気づいてしまったときと全く同じ感覚がして、気持ちが悪かった。身震いが止まらなかった。自分の汚さに愕然とした。私はもう、とうの昔に汚れていた。奴らのようになってたまるかと思っていた。二回り程も離れた歳の大人と、私は知恵比べをしていたのだ。お前達の腹の中を見通した私の演技を、お前達は見破れるか?と、子供のくせに随分とひん曲がった頭で思って優越感に浸っていた。それも所詮、子供だった。そうやって大人を見下して遊んでいる間は、自分が否定していた「大人」にどんどん近づいていくことに気がつきもしなかったのだ。この歳になって気づくまで、自分の行いが正しいものだと信じて疑わなかった。それがどんなに愚かしい行為なのかもしらないで。結局私は、どうしようもない嘘吐きなのだと思い知らされた。そしてそれに気づいたから、私はある事実にも至ってしまった。実は誰一人として「私」を愛してくれてなどいないのだ。今まで本当の自分を晒していかなかったから、愛されるために作った嘘の私しか人の目に触れさせなかったから、皆が知っているのは「私」ではないのだ。皆の前にいる私は嘘だから。崇拝される私も、仕事をこなす私も、妹子と一緒にいるときの私でさえ、嘘なのだ。私は、一人ぼっちなのだ。
その事に気づいてからというもの、自分が良いように振舞うためにつき続けた嘘も生き恥となった。生きながら恥を晒して、同じように恥を晒す大人達と仕事をしていかなければいけないのだ。今まで通りにしていけばそれで良い。それで良いのに、ひたすら屈辱的だった。そして妹子と会うのが怖くなった。妹子は私に対して他の誰よりも真っ直ぐだったから、今の私ではきっと受け止められないと思った。受け止められないとすれば、妹子はきっと傷つくだろう。私はそれも見たくなかった。私は妹子が好きだ。だからこそ妹子に愛されたい。嘘で汚れた私を、もうこれ以上、妹子の前で見せたくはない。本当の「私」を妹子は受け止めてくれるだろうか。子供のころからの恥を全部、全部打ち明けて、「私」は妹子に愛されるだろうか。
全部、全部、話をするから、まずは笑わないで聞いて欲しいな。
「妹子、あのさ−−」
(所詮臆病者なんだ)
2009.04.04
2012.01.30 加筆・修正。