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冷たい色の空の下で、僕は破裂音のようなものを耳にした。辺りには僕と、地に倒れた相手の二人だけ。僕はたった今相手を殴ったその拳を、さらに強く握って立ち尽くしていた。

「……太子」

呟いた声は擦れていてろくに聞こえやしない。おそらく相手に届くことはないだろう。案の定、相手は僕の呼び声に耳を貸さない。地面に転がっている太子に向かって、僕は歩を進めた。

「太子」

今度は大きな声が出た。怒っているように聞こえたかもしれない。太子は勘が良いから、せめて焦りは隠しきらないと。 落ち着きを取り戻そうと、一つ息を吐いて、吸って。焦りは一旦は腹の奥まで降りていった。しかしすぐに喉に戻ってくる。実はこれをもう何度もしている。太子の真っ直ぐな目に射抜かれそうになると、怖くなって息を飲み込むことになってしまうのだ。
繰り返し、そんなことを続けていた。けれど不意に近寄られてパニックになって本気で殴ってしまった。それが現状の真相。

……すべて僕の思い通りに事が運んでいる。

全部僕の計画。
僕が太子と対峙するとどうなるか、そして僕がどんなに手が早い奴か。それを踏まえて、僕は現状までことを運んだ。

気持ちに気付いてから、僕は後悔したのだ。何故って、相手は僕なんかよりも遥か上の存在で、それは叶ってはいけないと思うから。叶ってはいけないならば、一方的に想っているだけの間に叩き潰さなくてはならない。
想われてしまったら、僕はきっと引きずり込まれる。

僕の恋を終わらせるための計略だった。

いつもの調子で口喧嘩に誘い、乗ってきた太子に向かって暴言。近づいてきたところを、自慢のストレートで吹っ飛ばす。そして言ってみせるのだ。「僕はあんたが大嫌いです」と。
殴り、虐げ、嘘でも侮蔑の目を向けてやれば、きっと太子は僕を嫌う。それでいい。それで僕の恋が終わればいい。

一つ、息を吸った。

「太子」

思い通りの、諭すような声。だけれど、すこし彼を軽んじているような声。
僕はここまで一度も間違えていない。太子の行動パターンも、それに対する僕の行動も、シュミレーション通りの大当たり。よし、言える。

「僕……あんたが嫌いです」

少しだけ間違えた。「大嫌い」って言おうと思っていたのに、容赦してしまった。

殴られてから、そして地に伏せてから、太子は顔を上げていない。傷ついて泣いているのだろうか。ちょっとした事ですぐ泣くところがあるから、その可能性は否定できない。勿論心は痛む。好きな人を虐げて快感を得るような性癖は持ち合わせていない。
しかし仕方がない。……仕方がないのだ。
だって、立場が違う。環境が違う。

胸の辺りでもやもやしたものが蠢く。
いいのかとそれが問いかける。いい。いいに決まっているじゃないか。

今まで動かなかった太子が、ゆっくり僕のほうを振り向いた。目に涙が溜まっているということはない。むしろ乾いている。乾いた黒目がじいっと僕を見つめている。その目は真っ直ぐで居心地が悪い。また動悸が激しくなる。それを気取られない程度に息を飲み込んだ。

太子はしばらく僕を見つめた後、息をついた。その口は笑っていた。僕は太子が何を考えているのかわからなくて思わず後ずさり、彼の反応を待った。

「……何です」
「いや、いくら言われてもなあ、って」
「はあ?」
「何ていうか、離れられんなあって」

太子は殴られた右頬をさすり、ゆっくりと起き上がる。口元には血が滲んでいたように見えた。そのことにも心が痛むけれど、それよりも太子の言葉が聞き捨てならない。僕の考えの中に、そんな類の言葉は何もなかった。返答に困るとはこのことだ。

「……何が、言いたいんです?」

言葉が言葉なので、僕は焦りを隠しきれない。……いや、違う。焦りではない。僕は今、自分の作戦外のことを太子にされて期待しているのだ。

「要するにだ」

それはつまり、僕が一番恐れていたことである。

「私はどこまでされても妹子が嫌いになれないんだなあ、って」

笑いを堪えるように、太子は顔をくしゃりと歪めた。僕もつられたように顔を歪めた。
僕のは太子みたいに単純じゃなくて、笑いと、悲しさと、もっと汚い感情と綺麗な感情を内包した顔だったはずだ。
笑ってくれる太子に近寄り、今までの行為を悔やみ謝った。ああ、きっと僕は引きずり込まれる。



失恋ギミック


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2010.05.03
2012.01.30