周りから人がいなくなるのは別に惜しいことでも何でも無かった。子どもの頃だって似たようなものだったし、そもそも自分から遠ざけようとするところもある。面倒なのだ。必要以上の人の関わりは避けたいのだ。
だから正直、師匠の旅のお供なんて御免だったのだけれど、まったくそのときの気分というものは不思議で面倒なものだと思う。何故快諾してしまったのか、今となっては見当もつかない。とりあえず各地を旅行したかったのだろうと勝手に結論づけてみた。何となく僕らしい答えであるような気がしたのでまあいいかとこの件は忘れることにした。
外は豪雨である。夕立の真っ只中なのだろう。ついさっき、突然降り出してきて、荷物を守った僕の着物を短い時間で存分に濡らしてくれた。着替えては見たものの髪の毛は軽く拭き取っただけでほぼ手つかずなので、寒気がする気がする。風呂はまだなのかと女将に尋ねてみたところ、まだ焚けておりませんので、もう少々お待ちくださいませ、とどこかつっけんどんな対応で返された。これだから格安の宿は、と雨足の強く暗い空を睨みつけながら短く息を吐き出した。
女将の顔を思い出したら、この部屋に通された時の説明口調を思い出した。確か布団は押入れの中だと言っていたような。何処が押入れだったろうか。窓の外の景色ばかり見ているので、未だ部屋の備品の細かい配置を把握しておらずわからない。女将に対して疑心暗鬼になって、言っていなかったような気さえしてくる。まあ押入れくらい、少し振り向けば場所くらい判断できるから困らないけれど。……本当に、なんて宿なのだろう。
行きの旅と比べて何もかもが質素だった。それもこれも師匠の所為。「松尾芭蕉」のネームバリューが大きかったことを思い知った。僕は今一度、師匠を見直さなければならないかもしれない。
足元に置いておいた、帰る直前に増えてしまった荷物が目に入ってそれを撫でた。
もう一人分の荷物と持って帰らねばならない壷を入れた木箱。熊なのかなんなのかわからない人形が僕の手の中でうなだれた。
「次はもう一段階上質の宿に止まりましょうか、芭蕉さん」
いつの間にか雨足が減衰ししとやかに降る雨を眺めながら、木箱へ向けてぽつりと零した。
2009/06/18
2012.01.30 加筆・修正。