急に何だ?
……そうだなあ。何をしていたかなあ。
何にしても、今の絵かき友だちには会ってなかったろうな。
そもそもこの生き方以外は想像出来ないんだ。
絵を描いてない僕なんて僕じゃないと思うしな。
だからきっとこんな質問意味ないさ。
「……なかなかまともな回答じゃないか。君からそんな答えが返ってくるとは思っていなかったよ」
奥歯を食いしばったような笑い方をしながら(『馬鹿にしたように笑いながら』ともいう)、セザンヌは言った。
出展用の絵の仕上げをノリノリで進めていたら、急に横に座る人物から「君は画家にならなかったら何をしていたんだ?」と聞かれた。筆の運びがいつも以上に良かった僕は機嫌が良かったものだから、その質問を少し疑問に思いながらもするすると答えていった。自分でも不思議なほど素直に口にした回答は、セザンヌにも不思議な印象を与えたようだった。
セザンヌの言葉遣いはいつものことだが、言い回しは決して好きではない。僕のことを下に見ているように感じるというか、なんと言うか。
僕は奴の言葉に唇を尖らせた。セザンヌの言葉以降ぴたりと止まった筆をイーゼルに置き、体ごとセザンヌに向いて睨んでみた。
「じゃあ、お前だったら何て言ったんだよ」
僕の言葉にセザンヌは片側の眉を吊り上げて「私だったら?」と復唱した。頷きながら僕は乾いた油絵の具の付着した人差し指を突き出した。それをそのままこめかみに当てて、嫌味を一つ含む。
「人のことそれだけ言うんなら、きっと模範的な回答を用意しているんだろう?」
最後に少し口角を上げれば挑発は完成だ。
セザンヌは眉をひっそり顰めると、ふむ、と鼻を鳴らして椅子に深く座りなおし目を閉じた。
暫しの沈黙。
ふとセザンヌは目を開いて僕を捉えると、さらに数秒そのまま固まった。
奴が僕の目をずっと見つめるもんだから少し居心地が悪くなる。何とかその感覚を抑えようと瞬きを二、三してみたけれど、目を開けるたびにセザンヌは僕を見ていたからあまり変わらなかった。
その間、セザンヌには何かしらの変化も見られなかった。何を考えているかわからない。やっぱりセザンヌはセザンヌだ。
「……何だよ」
「いや、」
視線に耐えかねて聞いてみると、セザンヌは我に返ったかのように一瞬目を見開いてから俯いた。
僕は言いたくないことでもあるのかと思って、椅子から離れてしゃがみこんでセザンヌの顔を覗き見た。これと言って普段と変わりはない。
「何だよ、早く言えよ。……はっ、お前ひょっとしてすごくおませな事を……っ!?」
軽い冗談のつもりで言った想像を「君じゃあるまいし」とシリアスに一蹴してからセザンヌはようやく顔を上げた。一つため息をついて、僕を見据える。
「こんな質問、答えても仕様がない」
セザンヌの口から出てきた答えは、先刻の僕の結論に良く似ている。人の答えは馬鹿にしておいて、自分のは良いのか。それはどうなのかと。
「何だそれ、僕のとまるっきり同じじゃないか」
「奇しくもそういうことになるな」
「でもどういう経緯でそうなったのかを聞かないとな。対等じゃないじゃないか」
「結論以外は君が勝手にべらべら喋っただけだろう」
「そういう言い方するなよ、お前が振ってきた話題なんだぞ」
「君と一緒に喧嘩している私しか想像できないんだから仕方ないだろう。他の私なんて知らん」
「え、」
それはどういう意味?
そう聞いてみたかったけれど、勇気を出す前にセザンヌが「もういいだろう」と声を張って軽く頭を振った。
「そういうことだ。それが結論だよ。……日が落ちかけてきたな。寒くなってきた」
おもむろにセザンヌは立ち上がり、ここに被ってきたハンチングを被って玄関へと歩いていった。
ノブに手をかけると、セザンヌは首だけでこちらを向いた。
「そろそろ暖炉の用意しておけ。次来るときはもう少し暖かい中で君の作業を見たいものだ」
言いたい事だけ言い捨てて、最後にセザンヌは左手を上げながらノブを回した。
出て行くときは何とも呆気ない。家と外の境界を一瞬のうちに跨いで階段を下りていく。扉が閉まり切る直前にはセザンヌの革靴は石畳を踏みしめていた。
一気に空間が広くなった気がする。いつも一人のアトリエがなんとなく寂しい。
ひゅ、と息を吸い込んだ途端冷たい空気が肺を満たした。確かにセザンヌの言うとおり、気温は大分下がったようだ。
(こんなに顔が熱いんだろう)
・ちょっと挙動不審セザンヌ
・乙女ルノワール
・「Dawn」の続きっぽいの。でも別に続きじゃない。
2010.10.17
2012.01.30 加筆・修正。