この為だけに買いに走った羊皮紙を、ぐしゃりと丸めて床に落とした。そんな有様のそれが、もういくつもある。くそ、羊皮紙高いのに。
オレはサイドテーブルの引き出しから大人買いしてしまった羊皮紙の束から新しく一枚を引き抜いた。
航海が終わって、元の料理人に戻った。
もともと町の料理人なんてどこにでもいそうなポジションだったオレがどうしてコロちゃん主導の大航海のお供に抜擢されたのかは最後まで謎だったし、きっとただ、普通の生活に戻っただけ。なのだけど、新大陸発見の興奮が今でも心に残っていて思い出すだけで胸が高鳴るのは真実だった。男はやっぱり冒険でしょう。と柄にもないことを呟いた記憶もある。コロちゃんに穿り返されたときは恥ずかしくて思わず手持ちのフライパンでぶん殴ったっけ。
そんなお世話になったコロンブス提督に一つ約束をさせられた。
「みんな散り散りになっていくんだろうけどさ、お前らとはずっと仲良くしたいから、各々故郷に帰ったらオレに手紙を書いてくれよ」
船員の9割5分はおそらくこの言いつけを守っていないだろう。残り5分はきっとオレと意味合いは違えど同じ理由で書いているのではなかろうか。あいつ辺りはオレとまったく同じ気持ちで手紙をしたためている気がするけれど。
それにしても、書くことが思いつかない。近況報告など伝えてどうするというのだろう。今のオレなんて、町のしがない料理人だっていうのに。きっとコロちゃんはそれを微笑ましく読むのだろうけど、そんなのこっちが恥ずかしい。もともと大きな立場の差があったけれど、航海が終わり、住む距離も格差ももっと広がった。あの人はいまや本当に偉業の人。偉人。一市民がフライパンで頭を殴打していい人ではない。あの船中がおかしかったのだ。日常的だった提督に向かっての暴言も、オレがコロちゃんに対して仄かな気持ちを寄せていたのも、全部おかしかったのだ。
後者については「男しかいなくてきっと色々溜まっていた」というしかないのだけれど、それにしてもいまだにその気持ちが拭えないのはオレの中で確かに不自然だった。一歩外に出るとそこら中にいる金髪の女を見るたびに、ああ、コロちゃんどうしているかな、といちいち彼の元気よく跳ねる金髪を思い出す。金髪と、バカみたいに明るい笑顔。それが頭から消えなくて、消えなくて。
本気なのかもしれないと、最近思うようになった。あらぬ妄想をかき立てては不謹慎だと自身を戒め、でも止められなくて。なんていちいち悩む自分が気持ち悪くて仕方ない。相手は、男だって言うのに。
何かが爆ぜるような感覚を手に覚えて我に返った。見ると、無意識に押さえつけていたらしいペン先が折れて転がっていた。ペンから滲んだ染みが出来ていたので羊皮紙も使えない。
引き出しからまた新しい紙を一枚抜いた。
書くことなんて決まっていない。熟考しても思いつかない。だけれど書き出し、というか宛名の部分だけはもう決めた。
羊皮紙と宛名の意味に気付いたなら、笑ってくれればそれでいい。でもきっと解ってくれない。
お互いの為には、この真意は気付かない方が良いのかもしれないけれど。
どうか良い返事が来ますように。
(おそらくもう会うこともない貴方に皮肉を込めて。)
2009.08.08
2012.01.30 加筆・修正。