血や肉などの描写あり。 * * * * *

僕よりも少し長い黒髪の中から覗く項。
長い袖から伸びる薄っぺらな手首、さらに続く長い骨ばった白い指。
それらはふとしたときに美味しそうなにおいを撒き散らしながら僕の目の前をちらつくのだ。

僕の目にはそれらが時にひどく魅力的に映るのだ。
それはもう、いっそ食べてしまいたいくらい。
そしてそんな気持ちになるときというのは、大体は情事中か事後。
例え人に近い格好をしていても所詮は鬼で、無性に人が食べたくなるときだってあるのだ。

性欲と、食欲。
それを同時に満たしてくれる存在というのがあるのなら、欲に忠実な僕は我慢しきれずに粗相を起こしてしまうときだってあるわけで。

まあ、まとめると。
大王が常に五体満足でいられるちょっと特異な体でよかったなあと思うのだ。
少し不謹慎だとは分かっているけれど。

「……今、何考えてんの?」
「お腹空いたなあ、と」
「俺の手首は美味しかった?」
「もっと食べたいです」

大王の皮肉を受け流しながら、僕は大きく喉を鳴らしながらたった今齧ったものを飲み込んだ。
しっかり噛まなかったから、骨が喉の奥に引っかかりかけて少し痛かった。

無惨に抉られた大王の右手首からはとめどなく赤い色が流れ出していた。
指先を伝って皺の寄ったシーツへと赤色は落ちていき滲んだ。
全裸の大王が僕から逃げるために、自身へと寄せた掛け布団にもその赤色はじわりと表れていった。

大王は顔を顰めて「痛い」を表していたけれど、その間にも手首にぽっかり開いた穴は骨が通り、肉が内側から詰められていく。
血とは感じが違う赤色のそれも、僕は大好物だった。

その様は僕の鬼としての部分を刺激して、更なる欲望を生み出していく。
自我とは別の部分が食べたいとせがむのを、理性で堪えている。
そうしなければ、今にも咬みついてしまいそうだったから。

「君も好きだよねえ」

完全に白い皮が被った頃、大王は皺寄せていた顔を元に戻して呆れたように言った。

「何をですか」

聞かれるとは思っていなかったようで、大王は咬みつかれた方の親指を口元へ持っていって思案した。

「……俺?」

大王は小さく首を傾げながらおどけてみせた。さっきまで手首に穴が開いていたとは思えない顔をして笑っている。
普通に笑っているだけれど、そこまでに至る流れが流れなので少し怖い。
しかしそんなものは見慣れてしまえば和らぐもので、今更寒気も鳥肌もなしだ。
僕はただ大王を鼻で笑った。

「どうしてそうなるんですか」
「あれ、俺のこと嫌い?」
「や、好きですけど」

素直に言ったら大王は笑みを強めて息を漏らした。

「すっと言えるくらいには成長したんだねえ」
「うるせーよ」
「でも食べちゃいたいくらい好きって、俺求められすぎー」

きゃーっ。と、大王は大して可愛くもない裏声ではしゃいでいた。
しかし僕はそれに突っ込むことよりも何よりも、僕の興味は大王の身体自身に向いていた。
最小限に抑えられた血の色の向こうにある大王の肌が、妙に艶かしく、そして胃を活発に動かした。
舌なめずりがいやに大きく聞こえる。

「だい、おう」

思考が霞む。
何故か頭が、大王に吸い寄せられる。

「ん、あっ……」

まずは鎖骨。
「頂きます」の音頭も忘れ、僕は大王にむしゃぶりついた。
大王の鎖骨が僕の牙で悲鳴を上げた。
その持ち主も、僕の頭上で痛みに堪えるような声を漏らした。

まだ完全に食欲が満たされたわけでもないのに、僕は無性に幸福を感じた。
とどのつまり、僕は何処まで行っても鬼であり、大王のことが食べてしまいたいくらい好きなのだ。大王の言う通り。
キスは愛故に相手に咬みついたところから来ているって聞いたことあるし、そういうことで良いのだろう。

他ごと考えてる間に、鎖骨がまるでチーズのように綺麗に裂けて真っ二つになった。肌も既に破れ、周辺の肉が剥がれて血が噴き出した。
矯正には程遠い声が頭上から。頭の端では申し訳ないと思っている。
しかし血が顔にかかった瞬間、鬼の本能が表情に表れた。急いで仏頂面で繕ったけれど、心の中は歓喜に満ちていたり。
……愛情故の、行いだってば。



"あいこう"

(この行為の名は。)


* * * * *

・閻魔さんが食べちゃいたいくらい好きな鬼男君。
・結局本能で動く鬼男君。
・男前おにおん。

「愛咬」であり「愛好」。
こういうの好き。

2010.04.10
2012.01.30