オレ達がいる冥界。
ここは仏教の教えってやつが基礎になって構築されている。
でも天国っていうのはどちらかといえば西洋的な発想だよね。仏教では極楽浄土って言うんだし。
地獄は……まあ一応仏教に沿ってるのかな。
よくわかんないや。
つまるところ、意外とこの世界は曖昧だからどこの世界のどんなイベントでも、輸入してしまえばいいと思うんだよ。
例えばそうだな、今欲しいのはバレンタイン!
「2月14日を冥界全土で祝日にしないか」
「断る」
次の人、と目の前の鬼は淡白にオレの話を受け流した。
オレ以外は頭の固い奴ばかりだ。その筆頭は勿論、鬼男君。まあ分かってたことだけどね。
しかしあまりに短く明確な答えを返されて、オレはどうしていいか分からず机に突っ伏した。閻魔帳に貧相な唇が触れた。
不満の気持ちを閻魔帳に更に押し付ける。オレが口紅を付けていたらばこのページには綺麗な唇の跡がついたことだろう。
「ほら、何してるんですか大王」
声が大きい。
きっと至近距離にいるんだ。
ささやかな抵抗を見せてみようかとも思ったけれど、どうせ爪で射抜かれるのだろうと想像がついたのでやめておいた。
ゆっくり顔を上げると、案の定。机にはオレが長らくキスを食らわせていた閻魔帳の他に、見慣れた浅黒い手の甲が見えた。
「仕事してください」
「はいはい」
恨めしそうに睨みつけてやると鬼男君はもっと強い眼光でオレを射る。爪よりも精神的にくる目つきに、オレは肩から竦んでずれた帽子を整えた。
「おめでとう、天国だよ」
ぱあ、と目の前の幼い女の子の顔が晴れる。
ぺこりと一礼すると、死者は鬼男君に案内された階段を駆けて行った。
若い子のパワーに感心していると、その子が扉を開けたついでにこちらを思い切り振り返り、笑った。
「ハッピーバレンタイン!」
そのまま行ってしまったから、彼女にその言葉の真意を問うことは出来ない。
でもハッピーなんて、大きなお世話だ。
ハッピーかどうかくらい自分で決めるよ。
「幼子の言葉って突き刺さるよね」
「何です?」
「オレにはバレンタインなんてないらしいからさ」
改めて話を振ってみると、鬼男君は軽く息をついてオレを呆れ顔で見る。
「無いですよ。仏教だし」
「良いじゃん別に」
「祝日にはしかねます」
「じゃあ個人的にやるのは?」
本音をここで言ってみる。
要するに、鬼男君が乗ってくれればそれでいいのだ。
言い含めて鬼男君を横目で見てやると、少し顔が赤かった。
食いついた、とにやにやしていると、鬼男君と目が合った。
逸らさずに睨みつけてくる鬼男君。きっと目線を外したら負けとか、勝手に思ってるんだろうなあ。
「誰にも迷惑かけないならいいですよ」
誰にも、の部分は特に強調していた。
ふむ。
「オレの部下は『誰』の中に入ってる?」
「入ってます」
「じゃあオレの恋人は?」
先に目を逸らしたのはやはり鬼男君だった。にまりと笑ってやると、すぐに目が泳いだ。
「入ってますよ」
色黒の肌でも分かるほど赤く染まった耳を見て、オレは笑みを強めた。
なるほど、暖簾に腕押しというわけでもなさそうだ。
オレがわざと椅子を鳴らして立ち上がると鬼男君はこちらを向き直る。
「ちょ、椅子についてください」
「何で?もうちょっと時間あるでしょ」
ちらりと重厚な扉を見やると、まだ開く気配はない。
かたをつけてやろうとにじり寄ると、鬼男君は踵一つ分後退した。
「一年に一度くらい良いじゃない。チョコ」
「あんたの考えてることは間違いなく良くないです」
赤い瞳を覗き込むと、鬼男君は二、三度目を瞬かせた。
「良いじゃん、やろうよ。バレンタイン記念にさ」
「……確認の為にお聞きしますけど、あんたは何をしたいって言ってるんですか?」
動揺しているのは明らかだった。まったく可愛いったらない。
せめてもの抵抗として睨みつけているのであろう、鬼男君の頬をするりとなぞってみた。
やっぱ浅黒い肌に似合うのは、白色かなあ。
彼の投げかけた問いに、にんまりと上げた口元で答えた。
「チョコレートプレイ」
「絶対に断る!」
(白地に黒は大人な味で、黒地に白は蕩ける甘さ)
(どっちでもオレはハッピーだけどね!)
全力で頭が逝ったっぽいです^^
2010.02.14
2012.01.30