* * * * *

閻魔大王様はいつも通りの質素な昼食に何の感慨も湧かんのでしょう。お味噌汁を口に含み、一つ溜息をついたようにも見えました。
正に怠惰、といった顔をしながら、向かいに座る鬼男さんの動向を見つめています。

「大王。ぼけーっとしてておみおつけを書類に零したら捻り潰しますからね」

特大のおむすびを齧りながらさらさらと筆を動かす様は正に仕事の鬼でした。視線くらいは感じておりましょうに大王様を見ようともせず、手を素早く動かしながら米の咀嚼を繰り返すのです。
口の中が空になったら、大王様に一つのことを告げました。
「仕事しろ」と。それだけ。


以前、私がひょんなことから大王様とお言葉を交わす機会があった時に、鬼男さんの話になりまして、大王様はこのように仰いました。

『鬼男君がいれば何でも楽しい。鬼男君の健康そうな色したぴちぴちのお肌とか、俺のよりもキラキラしてる宝石みたいな赤い色の目とか、ずーっと見てても飽きないんだもの。それに鬼男君は見た目だけじゃなくて、内面も綺麗なんだ。俺がちょーっと悪さをするとオーバー過ぎるくらいの反応を見せて爪をぶっ刺してくる。「可愛い」と刺される度に思ったものだよ。あと俺が鬼男君自身にちょっかいを出した時に見せる戸惑いの表情とか。可愛いよなあ。と思ってたんだ。ていうか鬼男君は可愛かった。男らしい凛々しさとか、初心な反応とか、そういうのひっくるめて、全部可愛かった。そんな鬼男君は、それはそれは見ていて楽しかった。……全部、過去の話だけどね。』

その前には、確か「何か最近だるいんだよね」と仰っておりました。
私はそのとき、日々の執務のお疲れがお体にあるのでは?と返しましたが、それを大王様は否定も肯定もしませんでした。

それから幾日経った、お昼。つまり今です。たった今。
大王様のお体を蝕む怠惰の正体が、私には透けて見えが気がしました。

「……ていうかさー」

大王様が口を開きました。
有能な秘書の鬼男さんですから、そのくらいでは大王のお仕事の補佐を中断するはずがありません。
筆はきっちり動かしたまま、「はい」とだけ返します。

「こう、何か無いの?」
「何が」

尚も筆を止めず、鬼男さん。

「……例えばさ、『わーあ、このお味噌汁美味しそうですね大王っ。』『そうかい?どう?一口。』『え、良いんですか?頂きます。……ん、美味しいですねっ』」
「何が言いたいんだ」

鬼男さんは大王様の一人芝居には一切突っ込まず、用件だけを促しました。
大王様がつまらん、と素直に呟いたら、不良のような眼光で「あ?」と返します。
彼も相当お疲れが、人間の世界で言い表しますと「ストレスが溜まっている」という状態であるように見えます。
しかし、一獄卒が大王様にあのような目線を向けると言う事が私には信じられませんでした。ええ、恐ろしいことです。何せ天下の閻魔大王様ですもの。

「……だからー。お昼ご飯中にまで仕事を持ち込むのを止めろって」
「そうでもしなきゃ終わりませんよ」

大王様の話の本質を一言でへし折って、残りのお米をほお張りました。
何とも雄雄しいお姿ですが、それが大王様には生意気に映ったのでしょう。ぴくりと眉を動かして、次の言葉を考えられているようでした。

「だからってさあ。……行儀悪いよ」
「誰の仕事をやってると思ってんだ?」

口の中のものを飲み下して、険のある眼差しを向けて、おそらく大王様には辛い一言をぶつけます。
ぐ、と息を詰める大王様。

「……でもさ」
「うるさい」

ぴしゃりと大王様の次のお言葉を封じ込めて、卓の中央に置かれた湯のみを引っつかんで一つ喉を動かします。
苛々が伝わるように、わざとしたのでしょう。その湯飲みをたん、と音を鳴らして置きました。

「…………」

大王様は、一連の動作をじいっと見つめておられました。
なかなか貫禄のある表情です。そのお顔を執務中保つことが出来るならば、おそらく死者から見下されることはないだろうという程度には。
すっかり静かになった湯のみに、今度は大王様が手を伸ばします。
鬼男さんが飲んだ湯飲みです。
それに躊躇うことなく、大王様は口をつけて中身を飲み干しました。

湯飲みは一つしかないのです。お二人で湯飲みをお使いになっているのです。
私も始めてみた時はさっぱり訳が分かりませんでしたが、今となっては普通の光景です。とにかく、大王様はしてやったという表情で湯飲みを中央に置かれました。

それを見届ける素振りもなく、鬼男さんは手を伸ばせば届く距離にある薬缶を手に取り、湯飲みに並々つぎ込みました。薬缶を定位置に戻したのち、それを引っ手繰るように掴み飲み干します。そして、また乱暴に湯飲みを置きました。

大王様は湯飲みの中を覗き込むと、不満そうにその湯飲みを鬼男さんのほうに押しました。

「鬼男君、お茶入ってない」
「忙しいから自分で注いでください」

筆は止まりません。さすがは鬼男さんです。大王様の秘書になられて云百年になるだけあります。
大王様はひとしきりお向かいを睨んだ後、大人しく薬缶を手に取り琥珀色のお茶を注ぎました。

「……」

豪快に一気飲みして、乱暴に湯飲みを置かれる大王様。
以降、どちらも無言でありました。

お互い仏頂面で、思い思いの方向を向いておられました。
具体的には、大王様は鬼男さんのお顔を。鬼男さんは書類の山を。
間にはすっかり冷えた湯のみと大王様の昼食だけが、寂しく据えられておりました。

お昼休みもあと十数分。そろそろ食堂を出なければなりません。
私も同僚と連れ立って、自分達の昼食のお盆を片付けに向かわねばなりません。私たちは立ち上がり、お盆を手にし返却台まで歩き出しました。

「……晩飯は楽しく食べてやりますから、そんな睨まないでください」

ふと耳にした言葉は、鬼男さんの言葉です。
私は振り向いて大王様のお顔を伺いました。
面食らったように目を見開いておりました。
地獄の大王様も、破顔一笑のご様子です。

私はお二人に含み笑いを向けてから、早々に食堂を立ち去りました。早く地獄に戻らねばなりません。
閻魔大王様が嬉々として亡者をこちらに叩き落してきますから。



倦怠期。

(どうやら危機は脱したようです)


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・閻魔と鬼男君の倦怠期(っぽいけど実際はラブラブ)。
・一つの湯飲みをシェア。
・剣呑な雰囲気(だけど実際ry)

何百年単位で一緒にいればそりゃあ倦怠期にも陥るでしょうそうでしょう。や、実際はラブラブですよふふふ^^
大王の一人芝居の内容は言葉がないだけで既に実行済みです>湯のみ
しかし、敬語って難しいですね(´・ω・`)使えね。

2010.03.24
2012.01.30