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鐘の音が聞こえた。時たま微妙に違う音が同時に聞こえて不協和音が奏でられ、耳の奥で何か違和感。その違和感は脳にまで浸透して、ぐらりと揺れる。

「全部聞いてください」
「あ痛、」

耳に手を当てて机に突っ伏していると、額に何かが当たった。否、当てられた。本だ。本の角だ。痛いはずだ。
衝動でずれた冠を直すついでに姿勢を正してその犯人を見やった。

「……痛い」
「おでこがですか?耳がですか?」
「どっちも」
「耳の方は我慢してください」
「そうですよねー。お仕事ですからねー」

悪態をついても楽にはならないが、それでも鬼男君と話をしていれば楽になれる気がする。
部屋どころか冥界全土に響く重厚な音を片耳で聴きながら、オレは鬼男君に笑って見せた。

「分かってるよ、聞かなきゃね。煩悩を聞くのはオレの役目だ」
「……割り切ってくださってありがとうございます」

今日は人間の世界で、一年の最後の日。
一つの小さな島国では、この日に鐘を108つ鳴らして己の煩悩を浄化するという行事がある。
煩悩は苦の根源であり、そしていつか罪となる。
たとえば色欲からなる淫行、たとえば攻撃の欲からなる乱暴。
ほかにも様々あるが、そのような汚らわしいものを新年に持ち越さずに、清い心で新年を迎えようという、言うなればお手軽なお清めの行為だ。
まあ、この行為も宗教依存という欲だと捉えてしまえば煩悩や欲求になってしまうわけだけれど、どうも人間の世界ではそれらを無視して考えている。だから成り立つのではあるが。
……しかし、ただ鳴らしただけで浄化されるのなら人は生きている間に鐘をつきまくれば全て浄化されて天国行きにでもなるかと言われればそうじゃない。どうせ人間なんて一年経てば欲は増えるし罪も犯す。
個人的には無意味だなあ、と思うのだけれど、仏教は無欲を善だとしているので、欲の浄化に努めるような事は大いに行えという方針だ。
なのでオレみたいに神様というポジションで胡坐をかいている奴はこの音を聞いてやらなければいけない。と、上の奴らが言うのだ。
人が鐘の音に乗せた欲を許すことも仕事の内だと言うのだ。聞くだけでいいとは言うものの、それだけの時間拘束されるこちらの身にもなってほしい。実際に見たことがあるから言えることなのだが、鐘をつくことに宗教的な意味など大体の人間は含んじゃいない。大抵の人間は参加型のイベントごとだと捉えていて、別に大した思いやお祈りをその鐘に乗せていやしないのだ。それなのに。
天界は何か勘違いをしている。人間の気まぐれに、天界が合わせるなんてどうかしている。

「ほんとさあ、どうして人間ってこうなのかなあ」
「こうって何ですか」
「何ていうのかわかんないけど、欲を汚いとでも思ってるのかね」
「それは仏教の教えにもあるじゃないですか。別に汚くはないけど無欲が一番だって。そういうことでしょう」

鬼男君が額のさっきぶつけた所を撫で付けながらオレを諭す。
すこし熱を持っている指が、オレの冷たい額には心地良い。
オレが目を細めると、鬼男君は息で鼻を鳴らして軽く笑った。

「……痛いですか?」
「いや、もう大丈夫だけど」
「良かった」

するりとおでこから指を離された。
瞬間、もう少し触れていて欲しかったと感じている自分に気が付き笑った。

「大王?どうしました?」
「ああ、ごめんね。……もうちょっと指、貸してよ」
「ああ、はい」
「ん」

言えば戻ってくる温かみに、また目が細まった。しかし欲が満たされることはなく、ただ膨らむだけだ。
鬼男君の指が離れないように、自身の指を彼の手に添えた。その指もまた、温かさにまどろむように力が抜けた。

「ずっとこうしてて」
「……仕事は、」
「してるよ。ちゃんと聴いてる」

ぼーん、と。また一つ音がやってきた。久しぶりに和音もなく、独立した一つの鐘の音。
何故だかすんなり聞こえてきたそれには、どこか欲の浄化を願う声が混じっていた気がして失笑した。敬虔な人もいたもんだ。



溺れる


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2009.12.31
2012.01.30 加筆・修正。