ぼくを殺してくださいと、小さな声で無理な注文をされた。褐色の肌によく似合う金髪が、風も無いのに俺の目の前で揺れた。少年はいかにも真剣な顔つきで俺を睨みつけてくる。
よく見ると彼は学生服を着ていた。たしかこの近所に高校が二つあったから、そのどっちかの生徒なのだろう。半袖から伸びた健康的な腕が緊張ゆえか強張っていた。いいなあ。半袖。
この時期特有の蒸せるような暑さに従うように、全身を覆う服の下で汗が伝い、我に返って煙草の灰を地面に落とした。
「あなた、死神でしょう?」
変なのに捕まってしまったもんだと、俺は仕事後に一服の時間を設けたことを後悔した。普段はこんなことしないのに。これだから気分屋は。
俺は動揺を繕うために煙草をくわえなおして鼻で笑った。
「何を根拠に」
「だって、人を殺してた」
どうやら一般人にとんでもないところを見られてしまっていたらしい。
俺はやれやれと煙草を地面に落として揉み消した。
「……殺し屋って、知ってる?」
「知ってます」
「俺、それなんだ。悪いけど、神さまなんて大したもんじゃないよ」
「……それでもあなたは、人を殺してましたよね?」
そのナイフで。言って少年は俺の服からはみ出す柄に視線を移した。
困ったことになったなあとその柄を隠して少年について考えてみた。
……やだなあ、今日は一人殺すだけって予定だったはずなのに。
「……何で死にたいの?」
少年は一度とまどうように目を伏せて、また俺に向き直った。
「……会いたい人がいるんです」
「どこに?」
「あの世に」
「……あの世?」
「そこに僕を待ってる人がいるんです」
無宗教の俺には理解が出来ない話だった。でもちょっと気になったので、もうしばらく問答を続けてみようと、俺は新しい煙草を取り出して火をつけた。吸い込んだ煙で肺を満たして笑ってみた。
「それはロマンチックだね」
「……信じてないですよね」
それはそうだよ。と正直に言ってあげた。
大人をからかうのはよしなさい。そんな面白い理由で死ぬもんじゃないよ。という意味合いを込めて。
少年は口を尖らせた。
「……さっきまで神さまの元へなんたらときざったらしい科白はいてたのに」
「君、どこから見てたの」
「結構クライマックスから見てました。あなたがひっそりと被害者に近づいていくところから。やっぱり断末魔には目を覆いましたけど」
「そりゃあね」
未成年が殺人事件を目の当たりにして平然としていていいのはアニメや漫画の中だけだ。まあ彼ももうちょっとうろたえてもいいと思うのだけど。
俺は苦笑して少年に続きを促した。少年は納得していないようだったけれど素直に従い話し始めた。
「僕、この世に生まれる前は鬼だったんです」
「オニ?」
「はい。鬼。金棒振り回すあいつです」
まあ僕のときは金棒なんて原始的な武器使いませんでしたけど。と補足してくれる言葉など知ったことではなかった。本格的に危ない話になってきたなと、俺は急展開についていけない頭を抱えて結論づける。とりあえずこの子は変な宗教に入って洗脳されてるのか、それともそういう設定で生きてるのか。はたまた本当にそうなのか。どちらにしても痛い。
「……大丈夫ですか?」俺の眉間を見ながら首をかしいだ。
「うん、大丈夫だよ。……それで?」
「その……そこに好きな人がいまして」
そいつに会いたい、と。
最後の言葉を引き取ると、少年は頷いた。
面倒だ、実に面倒。
煙草を楽しんでる余裕がなくなってしまったので、俺は3分の1ほど灰と化した煙草を揉み消した。
「あのね、君が殺されたなんて知ったらご両親が悲しむでしょ」
さっき人を殺しておいてよくこんな常套句がはけるなと自分でも思った。
しかし少年はそんなことはどうでもいいのか何もそこについては言及しなかった。少年は眉を寄せつつも垂らして、何かを堪えるように笑いながら言った。
「両親、死んだんです」
「あら、いつ?」
むかし、40そこそこの男女二人がターゲットの案件を受け持った気がする。
「5ヶ月前くらいですかね。事故で亡くなりました」
「ご愁傷様です」
少年は曖昧に笑った。
沈黙が続いた。お互いこれ以上何も言うことがなかったのだろう。胸に乗っかる重い空気と、肺に溜まっっているような気がする残りの煙を吐き出した。
「というわけで、殺してください」
少年はまだ生き急いでいるようで、俺に懇願の目を向けた。
そう言われても困るのだと目を背けた。
「ダメだ。殺せない」
「どうしてですか?」
「君は寿命までは生きてほしいんだ。それに何より、俺は仕事以外で殺しちゃいけないからね」
「お金払います」
「いや、お金とかそういうんじゃなくて」
「だって、それじゃああの人に会えない」
「……寿命が来たら会えるよ」
この話はおしまい、こっちには来ないでね。と少年から遠ざかるように歩いた。従順にも彼は俺を追うことは無かった。
大分歩いたなあと思うところでふと振り向いてみると、先ほどの場所から少し遠いところにちらほらと人が見えた。
人間の中に一人ぽつんと、俺と同じ真っ黒の服を着た奴がいたから、そういうことなのだろうと理解した。
入ってこないでねと言っておいてよかったと胸を撫で下ろしながら鎌が隠れるように柄の位置を直して、先ほど見送った死者に最後にもう一本、煙草を手向けてやろうと火のついてないそれを真上へ放り投げた。
(ごめんね、管轄外なんだ)
日和のあの死神です。
2009/06/22
2012.01.30 加筆・修正。