06 06:12(始発)
「お兄さんたち、着きましたよ」
ふと目を覚ますと、ケンジ越しに通路から男の声が聞こえた。寝ぼけ眼で声のする方を見てみると、濃紺の制服を着たおっさんがいた。運転手なのだろう。おっさんは目が合うともう一度同じ言葉を繰り返してから、お友達も起こしてね、という言葉も添えて奥へ行く。
一連の流れを働かない頭で考えて、カーテンを見やる。やや厚手のカーテンから、光が差していた。どうやら、もう日が昇っているらしい。カーテンを引くと、見たことある景色が窓の向こうに映っていた。
俺達の住んでいる町にある繁華街の一角だ。つまり、帰ってきたと言う事。
「ああ……」
なるほど、と小さく口を動かしてから、包まってた毛布から抜け出てケンジの頭を小突いた。
俺の体はもう人間に戻っていた。頭を触ってみると獣耳ではなく普通の耳。それと何故か被っている覚えのない帽子。どうやら何とか狼男のままでバスに乗れたようだ。そしてちゃんと人に戻っている。見覚えのないTシャツがよれて鎖骨から肩にかけてが見えていた。みっともなくて恥ずかしい。
「おい、ケンジ」
「んんー……」
肩を揺すってみると、鬱陶しそうに首を動かす。薄い髪から除く首筋が露になった。一瞬どきっとした自分を律してから、耳元に顔を近づけてもう一度言った。
「おーきーろー」
「……もーちょっとー……」
ケンジはまるで毛布を掻き抱くような仕草をして(毛布は俺が持っているので意味はない)、通路側に背を向けた。
その暢気な様子に少しばかり腹が立って、ケンジの頭めがけて倒れこんだ。いつもいじめられているお返しの分も込めて、思いっきり体重を乗せてみる。
「おま、重いー……」
「早く起きろって」
「あと1分」
「待たない」
「……あー、もう……わかったわかった」
仕方ないなといった様子でケンジは俺を押しのけて立ち上がった。緩慢な動作で天井に置いといた荷物を次々と取り出していき、ある程度の身なりを整えてから俺を一瞥した。
「ほら、行くぞ」
降りてみると朝の空気がTシャツから伸びる腕に纏わりついた。
寒い、という程でもないが冷たさは感じる。
ただ嫌な気持ちは一切なく、むしろ気持ちがいい。
繁華街にも関わらずあまりに静かだから、いつもよりもひっそりと音を立てずに歩いてしまう。ケンジはそうでもないようだが、まだ眠たいようだから足が上がらなくてまるで身体を引きずってるように歩いている。その隣を俺の歩き方を崩さずに、でも肩が並ぶようにして歩くのが少し楽しかった。
ところで、俺達が自宅に帰るには、ここからバスに乗って帰らなくてはならない。ケンジに時間を聞くと、始発が出る時間が迫ってきていた。
低血圧そうにだらだら歩くケンジの腕を掴んで、競歩未満の早歩きで道を急いだ。
*
発車の2分前には乗り場に到着できた。その頃には既にバスがスタンバイしていて、俺はケンジを引っ張ったままでバスの中に乗り込んだ。
バスの中には乗客が1人もいなかった。もう発車するので、乗客はしばらく俺達二人だけになるのだろう。だったら広々と使える最後列を陣取りたくて、そこまでケンジを引っ張って座らせた。
俺は窓側、ケンジは通路側。
「……お前どうして今日そんな積極的なの」
腰を下ろして一息ついたところで、ふとケンジがそう呟く。え、と短い返事を発したところで思考が落ち着いた。そういえば、ずっと手を握ったままだ。
急に恥ずかしさが増してきて、まるで逃げるかのように上半身を逸らしながら手を放した。
「まあいいけど」
それだけ言って、ケンジは眠たそうな目を擦った。
「……そんなに眠いのか?」
「んー、まーな」
「じゃあ寝てろよ、着いたら起こしてやるからさ」
「……ん、ありがと」
言いながら一つ大きなあくび。
ケンジはらしくもなく俺にお礼なんていいながら、目を瞑って大人しくなった。
何もする事のない俺は、しばらくケンジの寝入る様を眺めることにした。
色の薄い髪は早朝の光に照らされて更に輝きを増していて、きらきらしていてとても綺麗。
伏せられた目からはいつもの生意気さは感じられない。
やっぱりこいつは黙っていれば男前なのになあ、と思わず笑ってしまった。
……起きてる時に顔なんて観察しないから、何だか意識し始めると恥ずかしくなる。
規則正しく寝息を立てつつあるケンジの口元がふるりと震えた。気付いて唇を凝視すると、不意にそれが開かれてものを言った。
「藤田」
言いながら、ケンジは俺の身体に近い方の腕を俺めがけて伸ばした。腕は俺と背もたれの間を通り過ぎ、俺の腰にぴたりと沿う。
突然その腕が俺のわき腹を掴み、俺をケンジのすぐ側まで引き寄せた。二人並んで座っている状態で、そのまま距離が詰まる。
「う、わ」
急に腰を動かされてバランスが取れなくなった俺は、咄嗟にケンジとの間に握り拳を支えとして置いた。肩と肩がくっつくぎりぎり手前くらいの距離間で落ち着いた。ケンジもそれで満足したのか、やっと俺の腰から手を放した。
「何だよ、急に」
「肩貸せ。寝づらい」
返事を聞く前にケンジは俺の肩(というか耳元)に頭を預けて、また目を閉じた。ふわりとケンジの髪の毛が首やら耳にちくちく当たってこそばゆい。ケンジの顔がすぐ近くにあって、見慣れた顔のはずなのに心臓がどくりと跳ねた。さっきよりも細部がはっきり見えて、何だか落ち着かない。けれどケンジを引き剥がすことなんて出来そうになくて、この体勢でい続けることを受け入れざるを得ない。何も言わずに肩を貸してやることにした。
大人しくしているとすぐにケンジの寝息が聞こえてきて、どうやら本格的に寝入るらしいことがわかった。どうせ夜遅くまで起きていたんだろうなと推測はできるけれど、寝不足になるまで夜更かししていた理由が思いつかない。ケンジに聞いてみたいけれど、もう寝てしまったしそんなことで起こすのも憚られる。
他にも聞いてみたいことがいくつかある。どうやってケンジと合流したのか、どうやってバスの中まで入ってこれたのか。あと何故見覚えのないTシャツと帽子を身につけていたのか。
知らなくていいことかもしれないが、やっぱり知りたい。起きたらケンジに全部聞いてみよう。笑って誤魔化されるだけだろうけれど。
そういえば、帰りのサービスエリアで遊ぶって約束が果たされていない。今回の旅行で唯一の心残りができてしまった。
「……また行こうな」
ケンジの方を向いて、すぐ近くにある耳に向かって囁いた。するとケンジはくすぐったそうに肩を上下させてから、一つ頷くような仕草を見せる。
何だかおかしくて、よれたTシャツの上から片手で腹を抱えた。
ケンジの寝不足の理由は、「一晩中藤田が誰かに見られないように気を張ってたから」とかでいいじゃない^^
2010.06.20
2012.02.03 加筆・修正。