05 19:40(クライマックス)



澄んだ青い空の下、ノリのいい音楽が響いていた。それに合わせてこの遊園地のキャラクター達が愛想を振りまきながら行進する。
俺も小学校低学年の頃はまだ楽しんでいたけれど、今ではただの客寄せとしか感じない。擦れた奴になったもんだ。
俺は、ね。

「すっげー!あんなにでっかいんだな、感動した!」

興奮気味にまわりの幼稚園児と同様にはしゃぐ藤田。まだまだ陽は高い。どうやら子どもも藤田も体力が有り余っているらしい。そのテンションはこれからどんどん落ちていって、夜にはもうすこし大人しくなるのだろう。

「子どもと一緒にはしゃいでんじゃねーよ」

そう笑ってやると、藤田は少し肩を竦めた。
しかたないじゃん、こういうの初めてなんだもん。と言う藤田の顔はどこまでも幸せそうだった。

それから数時間後、陽も落ちかけ、空も夕暮れ。そこらにいる子どもたちは、昼の後も全力で遊びまわっていたのだろう。疲れきったような目をしてだらだらと歩く子が多い。年端のいかない子は、太陽と一緒に行動する。朝早く起きて、日中にたくさん遊び、夜は疲れきって眠ってしまう。

しかし俺達は、藤田はそうではなかった。

平均的な中高生男子として、一日の大半を遊びつくせる程度の体力はある。
それに子どもたちとは違って計画性も備わっている。どんなペースで遊んでいけばいいかの計算くらいは容易にできる。

つまり、昼時に子どもたちと一緒になってはしゃぎ倒していた藤田でも俺と同様に元気だということだ。あれだけはしゃいでいるように見えてどこかでペース配分を考えていたと思うと、標準的な計算だとしても憎たらしく思える。

そしてその弊害は今正に起きていて、俺は正直どう切り返したら上手く行くかわからない。

「だから、さっきも見ただろパレードなんて」
「さっきのは昼のだろ?夜のが凄いんだろ?」

だったら、と続く藤田の言葉を聞くまいと「あー」と声を出して邪魔した。

何度目かわからないこのやりとりに辟易する。正直、俺としてはパレードなんてどうでもいいんだ、という意思表示のつもりで大きくかぶりを振った。

遊園地は何がメインかというとアトラクションがメイン。それを差し置いてキャラクターのアピールタイム、もっと夢のない言い方をすると職員の業務を、どうして人垣に混じってまで見なければならないのだろう。
見れても、パレードの雰囲気が好きというカップル、家族連れが最前列にひしめいている。だからたいして迫力を感じることはないのだ。(まさか学生男子二人で最前列を陣取る気でいるわけでもいないだろうし。)

そこから感動など生まれやしない。あえて非生産的だとすら言ってみる。だからパレードの時間は、人気があって中々乗れないアトラクションにスムーズに乗るために使われるべきなのだ。

午前中に俺の非で藤田を怒らせたから、昼のパレードは俺が折れた。
しかし夜のことについては関係ない。

昼見せてやったから夜は我慢しろというわけではないが、二人でたくさん楽しめる方に時間をつぎ込むべきだろう。
そう言っているのに、藤田は折れない。

「いいじゃんパレードなんてさ。もう見ただろ?」
「だから、それは昼の……」
「似たようなもんだよ。ちょっと電飾がついて派手になるだけ」
「もっときらきらするんだろ?だったら尚更見てえ」

こんな調子がさっきからもう何度も。
ここに来てからというもの、藤田は童心に返ったかのように無邪気にはしゃいでいた。
来たことないからって、憧れだからって。

(俺と二人だけの時間より、着ぐるみの大行進のがいいってのかよ……)

なんて、柄にもなく嫉妬とかしてみたり。けれどそれを気取られるのは嫌で、ふい、と藤田から目を放し後ろを振り向いた。
どこを見たかというと、皮肉にもパレードの場所取りをしている家族だ。
それにも少し、イラっときて。

「……ああ。もういいじゃん、見たけりゃ見れば?」
「じゃあ早く場所取りに……」
「一人でな」

後悔したのは、藤田の当惑の声を聞いてからだった。
急いで藤田をの方を振り向き様子を確認すると、面食らった顔をして俺を見ていた。その後、気まずそうに俯いてから呟いた。

「わかった。じゃあ場所取り行ってくるから。また後でな」

俺の前を俯いて通り過ぎ、さっき俺が見つけた家族の辺りへ向かって小走りで歩いていく。すれ違ったのだから、引きとめようと思えば出来た。
しかし体が動かなくて、結果的に回れ右をして藤田を見送るしか出来なかった。小さくなっていく藤田を追いかける事も何故か出来ない。
パレードに向かう人々の雑踏の中、ぽつんと立ち尽くしていることに気付くと、急に寂しさが膨れ上がってきた。
途端に胸が痛くなって、痛い箇所を引っつかむように胸を押さえてうな垂れた。

*

歩を進めてみたはいいが、ケンジが追ってきてくれないからどうしたらいいかわからずに結局パレードを見守る人たちの最前列まで割り込んでしまった。右は家族連れ。左はカップル。その間で小さくなっている俺は紛れもなく男で、それもたった一人。居心地は最悪。
せめてここに奴がいてくれたら、軽減していただろうか。

(……ばぁか)

むきになって言った一言だとは理解していた。俺のほうだって、売り言葉に買い言葉だったのだ。いっそ引き止めてくれるくらいのことはしてほしかった。それなのに、肝心なところでケンジは俺を止めてくれなかった。
何だか悔しくて、寂しい。
暗い背景に煌いて楽しそうに踊るそれらを見たかったはずなのに、楽しい気分にはなれそうになかった。後ろにはたくさんの人がいて、一人分のスペースでも開けばましに違いない。
立ち上がって、真後ろにいた小さな女の子にその場を明け渡した。その子は意外そうな顔をして目を瞬かせた後、顔をくしゃりと歪ませて笑った。
ありがとうございます、とその子のお母さんに言われた気がするけれど、良く聞き取れなかったので反応するのはやめておいた。

やっとの思いで分厚い人垣を抜けると、パレード前の賑わいと比べるとずっと閑散としている広場が見えた。後ろでなっている爆音が広場のスピーカーからも聞こえてくる。何とも言えない気持ちになって、誰もついてないベンチの端っこに腰を下ろした。

(ケンジ、今何してるかなあ……、って、あれ。)

一息ついて真っ先に考えることが、さっき口論になったあいつのこと。それに気付くと急に自己嫌悪が胸から競り上がってきた。

しかしそれでも頭の中のケンジが消えない。
それもさっき俺を突き放したケンジよりも、昼のパレードの時の揶揄の方が強く残っているのだから質が悪い。

俺がいかにケンジの短所を見ようとしていないかよくわかる。こんなだからあいつに馬鹿にされるんだ。でもそれでもいい、って思えてしまうのが、きっと惚れた弱みとかそういうものなのだろう。多分。

つまり、俺はどうしようもなくケンジが好きで、猛烈な寂しさに襲われている、ということだ。
自分の心が透けて見えた瞬間、電飾と音楽で満たされている幸せな空間に押し潰されそうになって、ベンチの上で体操座りをして思い切り縮こまった。目をつぶるとある程度気分は薄らいだ。けれど音だけはどうしても耳に飛び込んできて、空間からの完全な遮断にはならない。

寂しい。ケンジの側に居たい。
ごめんなさい。わがまま言ってごめんなさい。
口ごもると、胸が万力で締め付けられたように絞られて痛みを発した。悲鳴を上げられれば楽だったろうに、そんな種類の痛みではないのだ。いつまでこれに堪えればいいのだろう。
パレードが終わるまで、こうしてなくちゃいけないのだろうか。いや、……きっとケンジが来るまでこのままだろう。
パレードが終わって、周りの人たちがこの園から出て行く足音を聞きながら、ケンジが来るのを待ち続けなくてはならないのだ。
ケンジがここに来てくれるまで、きっと俺はこのベンチから、この園から出ることは許されない。

さしずめ忠犬。俺は狼男なんてかっこいいものじゃない。所詮はケンジのことが大好きで尻尾を振り続ける犬に過ぎない。それは俺からするとひどく屈辱的で、人から指摘されたらおそらく必死で否定する自分の性格の一つだろう。でも、ケンジの忠犬と自分で認識することは、何故だかとても嬉しくて。
やっぱり俺は、ケンジのことが好きでどうしようもない奴なのだ。

「……っ、はあ……」

未だになり続ける軽快な音楽が耳にうざったく残る。それが何だか、この空間が俺を絡めとろうとしているように感じられて、逃げ切れないと観念して溜息と共に目を開けて頭を上げた。

そうしてからまず始めたのは、周りの確認。俺が抜けてきた人垣は相も変わらず賑やかそうで、まるで空間に引き込みながらもこちらとの差別化を謀っているかのようだった。心待ちにしていたパレードが、今は煩わしいことこの上ない。

そしてケンジがいないかどうかの確認。勿論、そんな都合よくいるわけがない。
ケンジ探しを無意識のうちにやっている自分に気がついて、馬鹿馬鹿しいと小さく笑った。

辺りはもう暗い。そろそろケンジが心配して俺を探し始めたり、とかしてくれないだろうか。……いや、ないな。
今何時ごろなのだろうと時計を探してみるけれど中々見つからない。こんなときに携帯を持っていれば便利だろうに。

まだパレードは終わっていないようなので、もうしばらくこのベンチに座っていよう。この音楽が鳴り終わったら、さっきケンジと別れたところに行ってみよう。それまでは、とりあえずここにいよう。

自分の身の振り方を決めると少しだけ心が軽くなった気がする。ふ、と息をついて体操座りを解いた。
地に足をつけて、空を仰いだ。藍色と呼ぶには少し明るい程度の空が一面にある。その中にぽっかり在る、大きくてまんまるい月。
そういえば、今日は満月だ。

(ん、満月?)

危機というのは、実感した時にはもう遅いものだ。

「う、あ、」

体の中から軋む音が聞こえた。それはおそらく、何があっても止まらないことの宣言だったのだろう。
その宣言どおりに変身は進む。
ちらりと腕を見ると、狼らしく銀の混じった色の毛がぞろりと生えてきていた。耳ももはやどの位置にあるかわかりやしない。ひょっとしたら既に獣耳なのかもしれない。
周囲は疎らとはいえ、近くに人はいる。夜とはいえ、電飾が輝いているようなところだ。

(こんなところを誰かに見られたら……!)

俺は咄嗟にベンチ後ろに飛び込んで、暗がりの中で身を縮こまらせた。痛いほど服がきつくなる。
目の前は生垣。その中に飛び込む事も考えたがその向こうは広い芝生で、大きな身は隠れないだろう。服の繊維が裂けるような音が聞こえた。
とりあえず耳は隠そう、と思って大きくなった手で頭を抱えた。やっぱり既に耳があった。
後頭部にいつかの傷があって、爪がそれに当たって少しこそばゆい。
しかしそれさえも恐怖だ。いつ尖った爪が力加減を間違えて、古傷を開いてしまうかわからない。

そして、徐々に意識が薄れていくこの瞬間が何よりも怖い。
自分が自分じゃなくなるようなこの感覚は、何度経験しても慣れない。
そして、その瞬間は確実に近づいてきていて、俺はなす術もなくて目を閉じた。

「っ、……」

霞がかった意識の中で、一つ息を吸ってあいつの名前を呟いた。

**

人間の俺が息を潜めた。
完全に成り代わってしまうと意外と怖くも何ともないということを、人間の俺は知らない。まあ、俺は全部記憶を共有しているから怖くないだけかもしれないけれど。
勿論、記憶だけではなく感情も共有している。ベースはあくまでも人間だ。

自分が化け物だというくらいの認識もしてるし納得もしている。実際俺を見てびびらないのはケンジと弟くらいのもんだろう。わかっているからこそ、ここから出るのが怖い。
自分が化け物だと周りに言ってほしくないのだ。馬鹿馬鹿しい、と思う。けれど、これは仕方がない。だって俺はプライドが高くて、自分が変な目で見られたり変なことされたりするのが、嫌な性質なんだから。

(……とは言え)

元凶の空を睨んで、どうしようか途方に暮れる。先程よりも夜は更け、藍色というよりは紺色。もうすぐちゃんとした黒になるだろう。
その中で大きく浮かぶ、満月。
今日ばかりはそいつが腹立たしくて吠えたい気分になる。獣程度の理性がそれを必死に抑えてくれる反面、思い通りにならない行動が何とももどかしくて気持ち悪くてじれったい。

いっそ暴れてしまえば。寂しさも羞恥も一緒くたにして外に出してしまえば、楽になれるかな。
過ぎった考えに、罪を感じる。それだけはしてはならないと、人間の俺がかぶりを振って抵抗しているようにも感じられた。ひゅ、と冷たい空気を体に入れると、少し肺が痛んだ。

そういえば、今何時で、あとどのくらいでバスの時間なのかわからない。パレードはまだまだやっているようだから、大体1、2時間くらいの時間の余裕はあるだろうが、そのときまでに身体を戻すなんて不可能だ。
もうどうにもならない。そう悟って、ずっと頭を抱えていた腕を外した。

耳がぴんと立ち、周囲の音も普段と比べて僅かながらよく聞こえる。広場のスピーカーから流されている音楽が、一層煩わしい。

「くそっ……」

寂しさや後悔が苛々に変わって脳を埋め尽くし、獣の理性が揺らぎ始める。
地べたを大きな手で張り手したら、思いのほか大きく響いて少し焦った。そんな冴えてない自分にも、苛々する。
少しでも我慢しようと歯を食いしばると牙が軋んだ。

「…………」

ひとしきり歯を合わせると、それでも耐え切れなかった分の溜息が口をついて出た。
一際大きな甲高い音がスピーカーから大音量で聞こえてきて、パレードに対して、辟易、という感情が生まれ始めた。

もう一度、全ての元凶である夜空を睨んでみようと上を向く。すると、予想以上に真っ暗だった。
真っ暗なのに、星もなければ月も見えない。ぞっとするような真っ黒だった。

それが異常だと気がついたのは数秒後だ。顔に何かが乗っていることに気がついた。

「っ、え?な……っ!?」

急いで顔を覆う謎のものを取り払うと、空は相変わらず紺色だった。
それ以外に何も見当たらなかったが、真後ろのベンチに誰かが座ったような揺れが起きた。咄嗟に隠れようとすると、肘をベンチの脚に盛大にぶつけてしまい小さい悲鳴を上げた。
相手に気付かれていないかとベンチ側をちらりと見上げると、一つ後頭部があった。何にも動じずに、ただ座っている。ベンチに衝撃はあったはずだし、こちらに気付いているはずなのだけれど。

よくよく見ると、その後頭部には見覚えがあった。

「ケンジ……?」
「パレード、見てねーじゃん」

こちらに顔は見せないが、拗ねたような声を出すあたりそういう顔をしているに違いない。
出来事の整理をつけられなくてケンジの後頭部を見つめていると、ケンジはうざったそうに、視線の集中する後頭部を掻き毟った。

「どーせお前のことだからそうなってると思って、着替え買ってきてやったよ」

見もせずに指をさして、誰か来ないか見張っといてやるからさっさと着ろ、と一つ命令。俺の手の中のそれはよくよく見ると普段よりも大きめのサイズのTシャツだった。

「あ、」

ありがとうの一言が詰まって出てこない。どうしようもなく嬉しくて、感謝の気持ちしか出てこなくて、さっきまで抱えていた寂しさだか何なんだかよくわからない感情は消えていた。
とにかく急いで袖を通すと、少しだけきつい。もう一回り大きなサイズが適当だったようだが、そんなことに注文つけるなんて野暮ったいことしない。

「着た」
「ん」

短い返事と共に寄越されたのは大きめのキャップ帽だった。耳へ集まる注目への配慮だとすぐにわかって即座に被った。
それを気配で察したのか、ケンジは立ち上がって俺の手首を掴み、そのまま歩き出した。

「バス戻るぞ。今のうちのが絶対にいい」
「え、だってケンジ、頼まれてるお土産とか……」
「もう買った」よく見たら、俺の手首を掴んでいる逆の手にはいくつか紙袋があった。

「戻らなきゃいけない時間まであと何時間かあるんだぞ?お前もったいないとか言うんじゃないの?」
「言わねーよ」

俺の質問を全部一言で返して、どんどん進んでいく。キャップ帽があるとは言え、鼻先に気が付かれるのは怖かったため、俯いて、ケンジ任せで道を歩いた。

小さな声で、ごめんなさいと呟いた。
聞こえていたのかいなかったのか良くわからないが、ケンジは一つ咳払いをしてから言った。

「お前、あとでその格好写メらせろよ」

やっぱりケンジだなあ。
そう思うと妙に気分が浮きだってきて笑えてしまった。




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2010.06.18
2012.02.03 加筆・修正。

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