※一個前に書いたセザルノの続き。
* * * * *



数日外に出ていない。
ずっと布団に包まって、筆も取らずに寝ているだけだ。画家として問題だとは思っている。しかし僕はどうしてもここから出て行きたくはない。
だって、セザンヌと会いたくない。

ずっとこの調子だ。
セザンヌと喧嘩別れ(そう言っても良いのかは疑問だが)してからずっと、どうしても外出する気が起きない。あいつはあいつなりに僕の言葉で傷ついただろうし、僕は僕で傷ついた。要するに合わせる顔がないのだ。
会って、セザンヌがどんな反応をするか見たくないのだ。気まずそうにされたら申し訳ないし、普段どおりに接されたらあの一件はなんだったのか。
セザンヌをもう少し社交的にしようなんて馬鹿馬鹿しい、と気付かされるのが怖い。そんなことが起きようものなら、僕の気持ちは潰えざるをえないだろう。好きだと言う前に、ひっそりと。
それでもいいと思えないのが僕という人間だ。だから僕はここから出ない。誰にも会わずに、セザンヌの情報を一切仕入れない。
でも、奴への気持ちは残したい。

そうだ、僕はセザンヌのことを言う資格なんてないほど臆病で自分勝手な男だ。わかっている。
優柔不断で、感情的で、見栄っ張りで、その癖お節介。
自分の事を冷静に考えると、どんどん深みにはまっていく。マイナスのことに脚を絡めとられ、いつの間にかどっぷり肩まで浸かるのだ。自分らしくないとわかっている、けれど脱却は無理だ。
ここにいるほかない、と頭ではなく心で理解していて、動くことが出来ない。僕はどうしようもない臆病者で、自分勝手だ。

(……セザンヌみたいだ)

やっぱり似た者同士なのだろう。暑苦しい毛布の中で中途半端に口を歪めたが、声を漏らしかけたのですぐに止めた。
何かに潰されそうで、辛い。でも悲鳴も助けの声も上げられない。僕は一人で静かに、セザンヌを想いながらここにいればいい。それがきっと一番いい選択なのだ。まどろむ様に目を閉じて、視界を一切を遮断した。


「いつまでそうしている気だ、貴様」


折角閉じきった瞼をかっと開き、飛び跳ねる心臓を急いで押さえた。
僕は喋っていない。僕以外の声。自分以外の人の声を聞いたのなんて、数日ぶりだった。
しかし、それっきり何も聞こえなくなった。床の軋みすらも。僕に声の持ち主を確かめることを躊躇わせる。
存在しているのか、否か。それを確かめるのが怖い。布団の中で眉を潜めて、聞いた声についてある仮説を出す。

(……幻聴)

可能性を生んだ僕の頭は、急速にその仮説を真実として処理していった。そう考えないとおかしいのだ。
だって、ありえないじゃないか。その声の持ち主は今ここにいるわけない。
僕以外がこの部屋にいてはいけないのだ。
だから、セザンヌの声が聞こえたけれど、幻聴だ。

「聞こえているだろう、返事くらいしたらどうだ」

幻聴は、一度目よりも怒気を孕んでいた。幻聴の癖に僕の頭を大きく揺らして、背筋をぴんと張らせる。いくらセザンヌの声をしているとは言え、自分で生み出したものに屈しそうになる僕はやはり弱い。
弱いというレッテルを甘受した証に、僕は外界から守ってくれる布団を強く引き寄せた。

「……おい、ルノワール!」

不意に、布団の外からの衝撃を受けた。
たった今動かした右手を布団越しに引っつかまれて、これは幻聴ではないことを悟った。この布団の向こうにはセザンヌがいるということになる。

それならば、尚更会いたくない。
こんな惨めなところを晒したくはない。
それに、下手したらセザンヌを見て泣いてしまいそうで怖い。
もうあいつの前で泣くのはうんざりだ。

僕と布団を引き剥がそうとする力を、内側から布団を巻き込むことで打ち消した。抵抗が効いたのか、セザンヌの力は弱まり、ついにするりと手をはなした。

「……そんな暑苦しい格好、何月だと思ってるんだ」
「……僕の勝手だろ」

口を開いたら涙声になってしまうのではと思ったけれど、案外そんなことはない。

「そんなところでごろごろして、絵は描いてないのか」
「お前には関係ない」
「……私を避けるようなこと、やめてくれよ」

布団越しに伝った言葉はどれも僕に対する非難や皮肉だった。
けれど一番最後の言葉だけはニュアンスが違っていて、逡巡した。

本当は、答え方なんて、わかっている。
けれどどうしたらうまいこと感情を隠して言えるか、それがわからない。感情に任せていってしまっても、上手くいかないと前回学んだ。だったら、あくまでも冷静に。

「お前、平気なのか……?」

僕と対峙することが。
それを言いはしなくともセザンヌも理解してくれたようで、ふむと息を漏らしてしばし沈黙。

間に布団を挟んでいるので、奴の顔色も何も分からない。けれど沈黙の中に怒りは含まれていないような気がする。僕は少しだけ安堵した。

「平気、ではない」

慎重になったセザンヌの声。僕のことを考えて言葉を選んでくれているのかもしれないと思うと目が潤んでしまいそうだった。

「……じゃあ、どうしてここに?」
「君に会いたかったから」
「……それは本音か?」
「今嘘吐いても仕方ないだろう」

普段ややこしいセザンヌにしては上出来のシンプルな理由。しかも本音とのことだ。
意味合いはどうであれ、僕を欲してくれた、ということ。
奴は僕と別れた後の罪悪感に耐え切れなくなったのだ。セザンヌ自身がそう言っている。仲直りがしたいと。
セザンヌは、僕と同じで寂しがり屋の甘えん坊なのだ。それを今ここで、セザンヌ自身が認めたのだ。
僕の希望が多分に入った解釈であったけれど、セザンヌの放った言葉にはこれ以上の意味が内包されているのだと思う。
僕はそう受け取ったし、きっとセザンヌもそのつもりだ。
それを問えば、きっと奴は途端に機嫌を悪くして否定の限りを尽くすのだろうけれど。

「嘘じゃないんだな」
「ああ」

誰かと会ったら、喋ったら、きっと僕は発狂してしまう。そう思っていたのに、意外と容易く喋っている。
おそらくセザンヌの顔が見えないというのが一つと、奴が考えていたよりもずっと大人しくて優しかったからだろう。不思議と心が解れていくのだ、もう叫ぼうという気も起きない。強く掴んでいた布団の端も、緩く握られているに過ぎない。おそらくセザンヌが今布団を引っ手繰れば、僕はセザンヌと本当の意味で対峙するだろう。
もう、それでもいい気がしてきた。毛布の有無は関係なくなっていた。
悔しいから、自分から出てこうとは思わないけれど。

「もうこの前のこと気にしていないのか?」
「気にしていないわけではないが……」

言い澱むセザンヌ。
何と言えば適当なのかわからないのか、それとも僕が傷つかない言い方を考えているのか。この期に及んで嘘を吐こうという度胸はきっと奴にはないだろうからその二択。孤独が怖いと暴露したも同然の彼が、見栄を張っても仕方がないから。
僕の考えることや感情が推し量れなくても、正面を向いて誠実に話をしてくれればいい。僕から逃げなければいいのだ。

「その、だな」
「うん」答えを探すセザンヌを待つのは、少しだけ楽しい。

「まだ、あのときのことを完全に理解できてはいないんだ。でも」
「うん」
「教えてもらえたら理解するから、」

どうか、許してくれないか。

自己中心の、自分勝手のセザンヌが、僕のことを考えている上に、「許してくれ」だなんて言っている。
嬉しい、を通り越して、おかしくて笑えてきた。一度笑ってしまったら、それはもう外に放出するようにするしかない。ツボに入った、という奴だ。
肩を揺らして、腹を抱えて、顔を引きつらせて、身を捩って。動作は大きく、しかし忍ぶように声を押し殺して。

「……ルノワール君?」

外からは布団しか見えないから、きっとセザンヌには奇妙な光景に映ったのだろう。おかしくなったのかも知れないと疑われるのも仕方がない。心配そうに布団に掴みかかるセザンヌに、また面白さがこみ上げてくる。もう布団を掴んですらいなかったので、呆気なくそれは取り払われた。

数日振りにみた顔は切迫していたことを物語っていた。
普段からある眉間の皺は、今回は小馬鹿にしたようなそれでなくて僕を思ったもののように見えた。
逆光で判りづらいが、うっすらと目元に隈もある。数日前にはなかったものだ。
更に言えば、いつもきっちりされてるヒゲや髪も少し乱雑。セットされていないのではなくて、手を抜いたような。

笑いの副産物である薄い涙を見つけて、セザンヌは一瞬固まったが、この前のものとは意味合いが違うとわかると再び眉根を寄せた。
セザンヌの変わりようが何だか嬉しくて面白くて、僕は一層笑みを強めた。一方僕を見たセザンヌは豆鉄砲でも食らったような顔で僕を見つめていた。

「……何に笑ってるんだ?」

理解できんよ、と言うように一つ息をつかれた。
セザンヌの問いに答えようと、無理矢理乱れた呼吸を落ち着ける。ついでに寝転ぶのをやめて、ベッドの上で体操座りに切り替える。ばっちり目が合って少し噴出しそうになったけれど、大丈夫。

「だって、セザンヌが似合わないこと言うから」
「……貴様、人が真剣にだな」
「わかってるよ」

わかっているから笑ってるんだ。
言い終わると、僕は顔にだけ笑みを表した。

セザンヌは呆れた顔をしてベッドのへりに腰掛けると、僕の頭を掴むとぐしゃぐしゃ掻き回した。どういう意味なのかは分かりかねたけれど嫌がらせでないことは確からしい。
いつもなら恥ずかしさで罵倒の一つも返すのだけれど、今回ばかりは甘えてみよう。薄ら笑い程度に笑みを抑えて、少し俯いて頭を差し出した。

「……僕、お前のこと好きだからな」

正直、告白と受け取られてもよかった。セザンヌは一瞬手を休めたが、またすぐに再開した。

「……私も君のこと、嫌いじゃないぞ」
「本当かよ」
「嫌いな奴の頭なんて撫でんだろう?」
「そりゃあそうか」




Dawn


* * * * *

・ひきこもりルノワール
・年上セザンヌの頭なでなで
・ちょっと温かいかんじ
・ほんのり告白。復縁(?)

前に書いたセザルノで喧嘩してたあれの続き。
激しい告白合戦を書こうと思っていたら気が変わってこんなことに。(^q^)
まあいいか!

2010.05.23
12.01.30 加筆・修正。

玉砕