僕はよく騒がしいと揶揄される。
そんなつもりはないのだけれど、セザンヌなんかは実に的を射た表現だと厭らしく笑う。自分だって人見知りが激しいだけで、騒がしい奴なのに。と、思う。
僕とセザンヌの差は社交性があるか否かだけ。それなのにどうしてこいつは僕と一線を画そうとしているのだろう。
お前と僕は同じ、普通の男だ。
そう言っているだけなのに、どうして曲解されてしまうのだろう。
僕はこんなにこいつのことを心配してやっているのに、どうして、こいつはこんなにも自分勝手なのか。
僕はこいつのこういうところが嫌いだった。人のことなど分かりようもないと勝手に決め付けて自分を人から遠ざける逃げ腰のセザンヌが嫌いだった。そういうのを自分勝手と言うのだと思う。
誰だって人の考えていることなんかわからないのに、それを自分は特別わからない人間だからといって逃げ続けている。それが許せなかった。
セザンヌは自己中心的な考えで以って僕までもを遠ざけようというのだ。そんなのは僕が許さない。そうはさせるものか。
そもそも意図的にセザンヌに会いに行っているのは何故なのか、そんなことも分からないのだろうか。しっかり気持ちを伝えきれない僕も僕だけれど、それにしても分かろうともしないセザンヌは酷い。
悲しいじゃないか。好きな奴に「私はお前と違って孤独だ」と言われるなんて。
セザンヌに突きつけられた言葉によって、分かってくれないという一方的な不満と分かり合えない悲しさが混ぜこぜになって、僕の目からついに涙が氾濫した。情けなく垂れ流されるそれにセザンヌはぎょっと目を見開いた。
落ちる涙の行く先を目で追い、それを凝視するセザンヌ。こいつは中々電波なやつだから涙を見て何を思ってるかなどわかりはしない。
やりきれなくて、僕は思わずうなだれた。
「どうしたんだ、急に」
お前の所為でこんなことになっているのに!
そう叱り飛ばしてしまいたかったけれど、喉がつまって睨むことしか出来なかった。その間にも目からはぼろぼろと温かいものがこみ上げてきて、それを必死で拭う。
手の甲、掌、指。どんどん両手が濡れていき、果てがないと悟ってやめた。濡れた手は服で拭いた。
その間にセザンヌは何を考えているのだろう。目をばしゃばしゃ泳がせて、一体何を思っているのだろう。同じ人種だとは思うけれど、セザンヌという一個人の気持ちが読めるなどとは思っていない。思い上がってなどいない。けれど、今僕のことを考えていることくらいは分かった。希望的観測ではあるのだけれど。
とめどなく溢れてくる涙を堪えることなどせず、ただ流し続けながらしゃくりあげていく。虚しさだけが広がって、僕は自分が分からなくなってしまいそうになる。もういっそ、こうやって泣いていることで僕の気持ちに気付いてくれたら良いのに。
「……何か気に障ることを言ったのならすまない」
セザンヌを見やると、申し訳なさそうにうなだれていた。言葉の意味とその表情は、矛盾しないまでもリンクするものではない。
何か、気に障ることを言ったの、なら。
つまり、今何故僕が泣いているか分からないのだ。こいつは僕の気持ちを理解していない。
僕の気持ちを分かろうともせずに、こいつは自分がどんな行動を取れば丸く収まるのか。
それだけ考えて、そうやって、僕から、逃げた。
追いかけたら逃げられる悲しさが僕を襲う。何かが爆発した。
もう涙を流すとか、そういう次元ではない。もっと深かった。
辛いとかいう次元でもなく、ただただ怒りが僕を包む。ああ。
視界に林檎がちらついた。
何かが口をついて出た。何と叫んだのか自分でもわからない。
物理的に何かを投げないと気がすまなかった。咄嗟に目に付いた林檎を引っ付かんで、腕を振り上げた。
そのとき、セザンヌの目が合って。
怒りが沸点に達した後、ほんの少しだけ下降した。
腕が一瞬止まる。セザンヌに投げつけてやりたかった。
けれどそれでは、嫌われてしまうかもしれない。
ぐ、と。歯を食いしばる音が大きく聞こえた。どうしようもない私憤を、真っ赤な林檎に乗せて床へと叩きつけた。
林檎は砕け、僕の興奮もあらかた収まった。未だに息は整わないが、これくらいなら。
(セザンヌと話し合いが出来そうだ)
「落ち着いたところすまんが、私が何をしたっていうんだ」
セザンヌから切り出してくれたが僕の心情を察して、などでは決してないのだろう。
でも、あまりにも良いタイミングだったから、少しだけ期待を持ってしまう。そんな自分が馬鹿馬鹿しくて、近くの椅子に座って頭を冷やすことにした。
きっと未だにセザンヌは分かっていない。自分が身勝手な性分であることも、それに振り回されている僕がいることもきっと分かってくれやしないのだろう。
そうやって、セザンヌは僕から逃げ続けるのだろう。
「嫌いだ、お前なんて」
初めて、この思いを口に出しているような気がする。
「私も私が嫌いだよ」
セザンヌは一瞬迷った後にそう答えた。
この言葉が本心なら、その言葉で僕から逃げている。仮に嘘でも、分からないという免罪符で僕から逃げている。
涙は流しつくしてしまい、どうにもやりきれない思いだけが残ってしまった。
「……そういうとこが嫌いなんだよ」
酷く、力がなかった。
こいつを更生するのは無理なのかもしれない。
分かってもらうのは、無理なのかもしれない。
(……いっそ、素直に好きだと言ってみようか)
そんな気持ちが過ぎった直後に僕自身が砕いた林檎が目に入って、未来の自分のような気がしてしまった。たった今玉砕したというのに、そんな勇気持てるはずもなく。
僕と林檎に哀れみを感じ、思わずかぶりを振った。
・セザ←ルノ
・セザンヌを何とかしたかったルノワール
・玉砕。
玉砕っていうかお互い気持ちをいえてないだけ。
10.03.26
12.01.30 加筆・修正。