04 11:01(小休止)



身動きが取れない。
それ自体は問題ではない。
それにそれが俺達の身を守る為に必要なことであるならば、苦でも何でもない。むしろ心強いくらいだった。
だがしかし、そんなこと行ってもいられないのだ。
甲高い間抜けな音が俺達を笑う様に鳴り響き、俺と隣の藤田は大きく体を揺らした。

藤田の機嫌が漸く完治してきた頃に、絹を裂くような悲鳴を聞きつけた。
何事かと思い聞こえた方を見てみると、次の瞬間に影を感じた。

――ごお、

キャスターが勢い良く動くときに近い音が俺と藤田の頭上二メートル弱を通っていった。
大きく湾曲した赤いレールが俺達の頭の上を覆っていた。

乗る気もなかったので別のアトラクションへ歩こうと一つ肩を叩いて藤田を促すと、奴は何を勘違いしたのか引きつった笑みを浮かべて俺を見やった。

藤田は面白い。
思ったことが顔にもろに出るのだ。
何だかそれが妙に面白くて、一つ笑って茶化したら、怖くないとか虚勢を張るもんだから。
そしてそれから。
何故かこうなってしまったのだ。

(……怖いのか。怖くねえよ。そんな事言ってどーせビビってんだろ。そんなわけねー、あるわけねー。じゃあアレ乗れるよな。乗れるよ、お前だって怖いんじゃねーの。こえーわけねーだろ、俺を誰だと思ってんだ。決まった、乗ってやる。…………はあ……)

何故こうなってしまったのか。
何処で藤田を茶化すのをやめたらよかったのか。
さっきからそればかり考えている。

最近塗りなおしたのだろうぴかぴかの塗装を施されたレールと乗り物。
滑るようにレールを走行するそれに括り付けられ、今正に、落ちるための準備に取り掛かるところだった。
それはつまり、レールを順調に登っているということだ。
ちらりと下の景色を見ると、さっき俺達がいざこざを解決したあのベンチが見えた。
もはやあの時間が懐かしい。

ジェットコースター。
俺はこれが一番嫌いだった。
風を切る音。落ちる感覚。そしてスピード。どれを取っても俺には「自殺」の二文字しか思い浮かばない。
とにかく俺は、所謂「絶叫系」と呼ばれるものが何よりもダメだった。ジェットコースターを快感だと言える弟の将来を危ぶんでいるくらいだ。
本気で。それはもう本気で。

しかし今いない弟を心配してもしかたがない。
今一番考えなければいけないのは、如何にして降りた後に藤田の前で平静を保つかだった。
順調に、俺達はレールを登っていっている。下る準備は整いつつある。

この瞬間も嫌いだった。
いつ落ちるか分からないのだ。どこでいつ下に叩きつけられるか分からないのだ。
緊張して、ふと気を抜いた時に、落ちる。
何もかも計算されているのではと思うほどに、奴ら「絶叫系」は虚を突くのが上手い。
油断ならない。

(人生みたいだな……)

どうでも良いことが頭を掠めた。
ふ、と笑うと、横で藤田が微かに動いた。
瞬間、体の中で何かが変わった。
多分、重心という奴だと思う。

バーに胸が押し付けられた。
腰が浮いた。
髪が全て後ろに行った。
風を顔にもろにくらい、耳元でどこかで聞いた音が喚く。

ごお、と。

「ひっ……!」

漏れた悲鳴は藤田と俺、同時に発せられたものだった。
きっと藤田も後悔しているだろう。俺の挑発に乗せられて、こんな目にあっているのだから。

ごめん、と口ごもった。
しかしそれよりも先に悲鳴が口をついた。
藤田は既に声を裏返らせて叫んでいた。


「…………お疲れ」
「……お前、怖かったんじゃねーか」

乗る前よりも老けた笑いを浮かべて、藤田は俺を揶揄した。
力はない。

「は、そんなことねーよ。余裕余裕」
「しっかり悲鳴聞いたぞ」
「お前に付き合ってやったんだよ」
「膝が笑ってるんですけど」
「お前だって、今立てないほどだろ」
「……ちくしょう」

言い返せなくなって俯いた藤田に一つ笑い、震える膝を思いっきり叩いた。力が抜けて倒れてしまいそうだったので、くるりと体の向きを反転させて藤田の座る隣に座り込んだ。
さっきと同じベンチに、さっきと同じ風に座っていた。
ちょうど木陰になっていて気持ちが幾分和らいだ。

「……どうする?次行くか?」

俺の質問に、藤田は青い顔を俺に向けて言った。

「まあ落ち着けって、まだ日は高いんだぜ?」

つまり、少しくらい休憩の時間を取っても差し支えないのだ。

「……だな」

俺は鞄のファスナーを開けて、財布を藤田の腿に放った。
何だよと顔を顰めるので、顎で売店を指した。
俺が謝った後に、藤田にジュースを買わされた売店だった。

「さっき俺言ったから言って来いよ」
「さっきのはカウントしちゃだめだろ」
「でも喉渇いたろ」
「叫び過ぎてな。それは俺も同じだし、第一お前が……」
「俺、膝がくがくで動けなーい」
「……あー、もう。分かった分かった」

俺の財布を掴むと、藤田は青い顔をしたまま木陰を抜けた。
藤田の白い腕や項が強すぎない日差しに良く映えた。




* * * * *

2010.04.06
2012.02.03 加筆・修正。

003 005